「国家に忠誠を誓うな。人に誓え」の真意を探る──ポルコが選んだ“信念”の生き方

アニメ考察・伏線解説

はじめに

『紅の豚』の中でも、とりわけ印象深いセリフがあります。

「国家に忠誠を誓うな。人に誓え。」

この言葉は一見すると、ただの反骨精神や反権力的な台詞に聞こえるかもしれません。
しかし、物語全体を通して見たとき、
このセリフには“ポルコという男の哲学”と“宮崎駿の思想”が詰まっているといえます。


この考察記事では、

  • なぜポルコは国家を拒み、“人”を選んだのか
  • この言葉が語られる文脈と、その深層心理
  • そしてジブリ作品に通底する“個と組織”の対立構造

などを丁寧にひも解きながら、
この名言が意味する“真の忠誠”とは何なのか?を探っていきます。

このセリフが語られた文脈とは?

夕暮れ時のカフェで向かい合う二人の元パイロット。片方は制服姿、もう片方は豚の顔を持つ男。
かつて共に空を飛んだ男たちが語る、“国家”と“信念”の分かれ道。

「国家に忠誠を誓うな。人に誓え。」

このセリフは、ポルコがかつての戦友・フェラーリンとの会話の中で語るものです。
フェラーリンは軍に残り、今やイタリア空軍の高官。
一方ポルコは、軍を捨て“豚の姿”になりながら、空を飛び続けていました。


“国家のため”に生きる友と、“人として”生きる男

このやり取りは単なる昔話ではなく、
「あなたは国家に忠誠を誓った。でも私は人に誓った」
というポルコの静かな対抗宣言でもあります。

フェラーリンの提案を断ったその言葉には、
「国家という組織に仕えるのではなく、自分が信じる人間に生き方を捧げる」
というポルコの信念と価値観がにじんでいます。


セリフの持つ“逆説的な温かさ”

皮肉にもこのセリフが語られる場面は、
“再会した戦友との信頼”に満ちたやり取り。

つまり、ポルコが「人に誓え」と言えるのは、
国家よりも人とのつながりを重んじる男だったから

そこに、ポルコというキャラクターの
孤独と温かさの矛盾した魅力があらわれているのです。

“国家”とは何か、ポルコにとっての意味

背を向けた豚の姿をしたパイロットが、古びた政府建物の前に立ち、空を見上げている。
国家の象徴に背を向け、自由な空を見つめるポルコの決意。

かつては軍人だったポルコ・ロッソ。
しかし彼は人間をやめ、“豚”となって生きることを選びました。

この決断の背景にあるのが、国家という存在への深い不信感です。


“戦争”と“国家”の現実を知ってしまった男

第一次世界大戦の空中戦を経験したポルコは、
仲間たちが次々と命を落としていくのを見てきました。

そして、彼らの死が国家の都合によって
無価値に扱われていく現実も、身をもって知っています。

国家は人を守るどころか、
使い捨てにするもの――そう確信してしまったのです。


“人間である”ことと“国家に仕える”ことの分離

ポルコは、こうも語ります。

「人間なんてろくなもんじゃない」

この言葉には、自分自身も含めた“人間社会”への嫌悪が込められています。
特に「国家=正義ではない」という現実を直視してしまった者にとって、
国家に忠誠を誓うことは、自己を放棄することに等しいのです。


豚の姿は“国家からの離脱”の象徴

人間の姿をやめ、国家の枠を飛び出し、
ただ空を飛ぶ存在として生きる。

それが、ポルコにとっての自由であり、
国家に縛られないという最終的な抗いだったのです。

“人に誓う”とはどういうことか?

整備士の若い女性に敬意を示すように帽子を取る豚の姿をしたパイロット。温かい光に包まれた格納庫の中。
国家ではなく“人”に誓う――ポルコの信念が交差する瞬間。

「国家に忠誠を誓うな。人に誓え。」

この言葉の後半にある“人に誓え”という部分には、
ポルコの人生哲学が凝縮されています。


組織よりも「目の前の誰か」のために

ポルコが忠誠を誓ったのは、
“国家”という大きなシステムではなく、
共に空を飛び、信じ合える仲間や友人、愛する人たちでした。

彼にとっての誠実さとは、
命令に従うことではなく、
「信頼できる誰かと向き合い、守ること」だったのです。


ジーナやフィオとの関係に表れる“人への忠誠”

  • ジーナに対しては、軽口を叩きながらも常に気にかけている
  • フィオの成長と信頼に触れ、少しずつ心を開いていく

これらの関係性はどれも、立場ではなく人間としてのつながりに基づいています。

国家や社会制度の“上からの忠誠”ではなく、
人と人との“水平な誓い”

そこに、ポルコの優しさと強さがにじんでいるのです。


人に誓うことは、“裏切らない”という覚悟

「人に誓え」とは、
「その人の期待を裏切らない」覚悟の言葉でもあります。

国家は裏切る。
でも人との信頼は、自分の手で守ることができる。

ポルコの生き方は、そんな覚悟に支えられた“静かな信義”なのです。

ジブリ作品における“個と国家”の構図

荘厳な建物と自由に自然の中を歩く小さな人物が、画面の左右に分かれて対比されている。
国家の巨大さと、個人の自由の尊さ。ジブリが描き続ける“対立と選択”の構図。

『紅の豚』だけでなく、
ジブリ作品全体を見渡してみると、
“個人と国家”というテーマがしばしば描かれていることに気づきます。


『もののけ姫』に見る国家の暴力性

アシタカが巻き込まれるのは、
自然と国家(タタラ場・中央政権)の衝突。

彼はどちらにも与せず、
あくまで「人」としての目線から争いを眺め、橋渡しをしようとします。


『風の谷のナウシカ』に見る平和主義と抗い

ナウシカもまた、
国家間の戦争に巻き込まれながら、
最後まで“民”や“自然”と対話を選びました。

戦うことよりも、“人と向き合うこと”を選ぶ――
その姿勢は、ポルコの「人に誓え」と重なります。


宮崎駿が描くのは“国家よりも個”

ジブリ作品において、
国家はしばしば暴力的で非人間的に描かれます。

一方で、

  • 小さな約束
  • 個人の信念
  • 誰かとの誓い

こうした“ミクロな忠誠”が肯定されるのです。

『紅の豚』のポルコも、まさにその系譜にある主人公。
国家に属するより、自分の目で人を見て、信じる。
それが、宮崎駿が描き続けてきた“本当の強さ”なのかもしれません。

まとめ──ポルコが示した“真の忠誠”とは

「国家に忠誠を誓うな。人に誓え。」

このセリフは、ただの反体制的な言葉ではありません。
それは、ポルコという男が自分の人生をかけて選び取った、生き方の信条なのです。


“豚”として生きる自由と誇り

ポルコは、自らの意思で「人間をやめる」という極端な選択をしました。
それは、国家や社会の理不尽さに抗うため。
そして、人間でいるよりも誠実な存在であるための決断だったのかもしれません。


本当の忠誠とは、誰かを裏切らないこと

国家は時に人を裏切る。
でも、人との信頼関係は、自分の手で守ることができる。

ポルコが“誓った人たち”とは、

  • フィオのように信頼してくれる若者
  • ジーナのように思いを寄せ続ける女性
  • かつて空を共に飛んだ戦友たち

彼はその一人一人に、言葉でなく行動で、誠意を返してきたのです。


「人に誓え」──
それは、現代に生きる私たちにも向けられたメッセージ。
組織や肩書きではなく、
“目の前にいる人を信じて生きること”の尊さを、
ポルコは静かに教えてくれています。

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