【おもひでぽろぽろ】母や姉との関係に見る、昭和の家庭と“女の子らしさ”

はじめに

『おもひでぽろぽろ』は、
タエ子の思い出と現在が交差する静かな物語です。

その中でも特に印象的なのが、
母や姉とのやりとりに見られる“家庭内の価値観”

  • 「女の子なんだから」
  • 「みっともないからやめなさい」
  • 「恥ずかしいことしないで」

こうした言葉の数々は、
昭和という時代の“当たり前”としてタエ子に押し寄せます。


本記事では、
母や姉との関係から読み解く昭和の家庭観と“女の子らしさ”の強要を掘り下げます。

  • タエ子はなぜ違和感を覚えたのか?
  • その価値観は本当に“悪”だったのか?
  • 今の時代に通じるものはあるのか?

そういった問いを通して、
家族関係のなかで育まれる「自分らしさ」とは何か?を考えていきましょう。

母と姉からの言葉に見える価値観

昭和の和室で、母と姉に囲まれて正座する少女。母は落ち着いた口調で話し、姉は整った姿勢で座る中、少女は少し俯き加減で考え込んでいる。
“女の子らしく”という言葉の奥にあった、時代と家族の期待と愛情。

タエ子が幼い頃にかけられた言葉は、
一見なんでもないように思える“しつけ”や“教育”の一環でした。

けれど、その奥には
昭和の家庭に根づいた「女の子らしさ」への期待と制約が見え隠れします。


印象的なセリフの数々

  • 「女の子は声を出して笑っちゃだめよ」
  • 「みっともないからやめなさい」
  • 「お姉さんのまねをしてなさい」

これらは、タエ子の振る舞いや言動を
“あるべき姿”に押し込めようとするフィルターのようなものでした。


母や姉の意図

もちろん、母や姉が“悪者”だったわけではありません。
むしろ、彼女たちもまた同じ価値観に縛られて生きてきた存在です。

彼女たちが口にした言葉は、

  • 周囲から“恥ずかしくないように”
  • “ちゃんとした女の子”に見られるように

という“守るため”の愛情でもあったのです。


しかしそのやさしさは、
タエ子にとっては時に窮屈で息の詰まるルールとなっていきました。

タエ子の違和感と葛藤

障子から柔らかな光が差し込む和室で、膝を抱えて座る少女。背後の壁には母と姉を思わせる女性の影がぼんやりと映っている。
「自分らしくいたい」と「家族の期待」のあいだで揺れる、少女タエ子の心の奥の葛藤。

母や姉の“正しさ”に囲まれて育ったタエ子。
けれど、彼女の中にはずっと小さな違和感が芽生えていました。


「私はこうしたいのに…」という気持ち

  • 自分の感情を素直に表現したい
  • 大きな声で笑いたい
  • 好きなことに夢中になりたい

そんな自然な気持ちが顔を出すたびに、
「女の子なんだから」と抑えられてしまう


家の中で“自分を演じる”少女

やがてタエ子は、
“家庭の中での正解”に合わせた自分を演じるようになります。

  • 本音を隠す
  • 姉のまねをして“おとなしく”する
  • 母の顔色をうかがう

こうした行動は、
一見“よい子”に見えるけれど、
タエ子自身の感性や個性が、内側で置き去りにされていくプロセスでもありました。


幼いタエ子はその違和感を
はっきりと言葉にすることはできませんでした。
でも心の奥では、ずっと「自分はこれでいいのか?」と問いかけていたのです。

その価値観は悪だったのか?

和室に立つ少女が思案気に前を見つめ、背後には母と姉を思わせる女性のシルエットが別の方向を向いている。空気は静かで、どこか張りつめている。
押しつけられた“正しさ”の裏にあったのは、守りたいという愛情と、時代の中での精一杯だったのかもしれない。

タエ子が受けた“女の子らしさ”の押しつけ。
現代の視点から見ると、それは「ジェンダーバイアス」とも言えます。

しかし一方で、当時の時代背景や母・姉の立場を考えると、
単純に「悪」だと切り捨てることはできません


昭和という時代の中で

  • 女性は「家庭的であるべき」
  • 恋愛や結婚に“適した”ふるまいが求められた
  • 周囲の目を気にすることが当たり前だった

そうした時代の空気の中で、
母や姉もまた、“社会で生き抜くための方法”として教えていたのです。


愛情と同時に、抑圧もあった

母も姉も、決してタエ子を苦しめたいわけではありませんでした。
ただ、「こうしないと損をする」「笑われる」――
そんな“外の世界のルール”を、家庭の中で伝えようとしていただけ。

けれど、そこにはたしかに
子どもの個性や自由を押さえつける力も含まれていたのです。


だからこそ、『おもひでぽろぽろ』は
その価値観を一方的に否定するのではなく、
時代と人の心のあいだにある“ゆらぎ”を描いているのだと感じます。

“女の子らしさ”を超えて、自分を選ぶということ

田舎の陽だまりの道を、凛とした表情で歩く若い女性。後方にはうっすらと“女の子らしさ”を象徴する幼少期の影が遠ざかっていく。
誰かの理想じゃなく、自分自身の感性を信じて歩き出す。タエ子の“本当の選択”。

タエ子が思い出の旅を通じて得たもの。
それは、「誰かが決めた自分」ではなく、「自分で選んだ自分」で生きる」という感覚だったのかもしれません。


昭和の“正しさ”から離れて

母や姉の言葉に代表されるような、
「女の子らしくあれ」という価値観。

タエ子はそれに完全に反発するわけではありません
けれど、田舎の暮らしや人との交流のなかで
少しずつ気づいていきます。

  • 本当に心地よいと感じること
  • 自分の中にあった「こうしたい」の感情
  • 子どもの頃に押し込めてきた素直な気持ち

静かだけれど、確かな“レジスタンス”

都会に戻るか、田舎に残るか。
その選択は、人生を大きく変えるほどではないかもしれません。

でも――
「自分の感性を信じて選ぶ」という行為そのものが、
タエ子にとっての“静かなレジスタンス”だったのです。


「女の子らしく」ではなく、
「私らしく」生きるということ

それは、あの時代の価値観を否定するのではなく、
その中で自分を見失わないことの大切さを教えてくれます。

まとめ

『おもひでぽろぽろ』は、
タエ子の“思い出”を通して、彼女の内面を丁寧に描き出した作品です。

その中でも、母や姉との関係は、
「昭和の家庭における女の子らしさ」との向き合い方を象徴しています。


タエ子が経験したこと

  • 「こうすべき」に囲まれた家庭の空気
  • 本音を押し込めて“よい子”を演じる自分
  • でもどこかで感じていた違和感と葛藤

それらは、多くの女性がどこかで共感できる感情ではないでしょうか。


否定ではなく、静かな変化

タエ子は声を荒げることもなく、誰かを責めることもありません。
ただ静かに、自分の気持ちと向き合い、
「自分で生き方を選ぶ」という一歩を踏み出していきます。


それは、
「誰かの望む私」から
「私が望む私」へと歩み出すための、小さくて確かな決意

昭和から令和へと移り変わる今、
この物語は、“自分らしさとは何か”を問い直すためのヒントを与えてくれるのです。

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