1. 導入|「一緒にはいられなかった」その静かな結末
『天空の城ラピュタ』のラストシーン。
壮絶な戦いとラピュタ崩壊ののち、シータとパズーは気球で地上へ帰還する。
しかし、物語は“2人のその後”を明確に描かない。
- 2人は一緒に暮らすわけでもない
- どちらかが相手に付いていくわけでもない
- ただ静かに、別々の道を歩み始める──
この結末は、“大団円”のようでいて、どこか物寂しさを孕んでいる。
だがそこには、宮崎駿監督が描こうとした“成熟の選択”が込められている。
2. “滅びの象徴”を見届けた2人の変化

シータとパズーは、世界の崩壊に立ち会った者たちだ。
ラピュタ──それは技術の極みであり、同時に人間の傲慢の象徴だった。
- 「バルス」によって、自ら“力”を放棄した2人
- 空の文明を手放し、再び“地に足をつける”選択をした
- 世界を知った少年と少女は、すでに“旅の前とは違う存在”になっていた
この変化こそ、2人がその後“別の道”を選ぶきっかけとなる。
同じ体験をしたからこそ、それぞれに“歩むべき場所”が見えたのだ。
3. なぜ別れが描かれたのか?──宮崎駿の“成熟”の物語

宮崎駿作品では、“少年少女の出会いと別れ”が一貫して描かれている。
- 『もののけ姫』のアシタカとサン
- 『風の谷のナウシカ』のナウシカとアスベル
- 『千と千尋の神隠し』の千尋とハク
これらの物語に共通するのは、「永遠の関係」を描かないこと。
それは、宮崎監督が“人の成長”や“選択”にこそ価値を置いているからだ。
シータとパズーもまた、「別々の未来を選ぶ」ことで
自らの物語を、自分自身のものとして引き受けていった。
4. “選ばなかった未来”が与える余白

もし、2人が共に旅を続けていたら──
それはそれで素敵な結末かもしれない。
しかし本作では、あえて“別れる”選択が描かれている。
- それは、物語に“余白”を残すため
- 観客に「この後どうなるのか?」という想像の自由を委ねる
- “選ばなかった未来”を描かないことで、“世界の広さ”を感じさせている
この静かな別れこそ、ラピュタの旅路の“着地”として最もふさわしい形なのだ。
5. まとめ|別れとは“終わり”ではなく、“未来を託す”こと
シータとパズーの別れは、決して悲劇ではない。
- 共に戦い、共に信じた時間は、2人の中に残っている
- そしてそれぞれが、自分の場所に戻って生きていく
- それは「旅を終えた後の、静かな誇り」でもある
“別れ”とは終わりではない。
それは、未来を“自分で選ぶ自由”を与えてくれる瞬間なのだ。
ラピュタという夢のような旅を経て、
2人は“現実”に戻る──だがその現実には、確かに希望と成長が宿っている。
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