1. 導入|“海賊なのに憎めない”その正体は?
『天空の城ラピュタ』に登場する空中海賊ドーラ一家。
初登場時はシータを追いかけ、財宝を狙う“典型的な悪党”だったはずなのに……。
物語が進むにつれて、彼らへの印象は次第に変わっていく。
「意外といい人たち」「なんだか好きになってしまう」──そんな感情が芽生えるのだ。
なぜドーラ一家は“悪役”として成立しないのか?
その裏には、家族構造と共感の巧みな演出が隠されている。
2. 「敵」から「味方」へ?ドーラ一家の“印象操作”
ドーラ一家は序盤、政府や軍隊と同様に“パズーとシータの敵”として登場する。
- 飛行船を襲撃する
- 財宝を奪おうとする
- パズーを軽視し、暴力的な振る舞いも見せる
だが中盤以降、物語は急激に彼らの“人間味”を映し出しはじめる。
- パズーを仲間として受け入れる
- シータのために行動する
- 笑いや掛け合いが増え、空気が柔らかくなる
これは、ジブリ作品全体に共通する特徴──
「敵にも人格と背景がある」という考え方の一例でもある。
3. ドーラ=強き母、息子たち=愚直な家族愛

ドーラは圧の強い、まさに“女ボス”といった人物だ。
しかし彼女は、息子たちを雑に扱いながらも愛している。
- 食事中にぶつかり合いながらも、どこか温かい
- 息子たちが「母ちゃんの若い頃に似てる」と語るなど、信頼関係がにじむ
- ドーラもまた、子どもたちの個性を把握し、時に頼っている
この構図は、単なる“悪党の集団”ではなく、
“ホームドラマ的な家族”として描かれていることを意味する。
4. 「家族」という構造がもたらす“共感”の力

ジブリ作品では「血縁を超えた家族」や「擬似家族」が多く登場する。
ドーラ一家もその典型例だ。
- 家族全体で役割が分担されており、秩序がある
- 大義はないが、“家族のルール”を大切にしている(例:子どもを守る)
- 何気ない日常描写(食事・掃除・修理)で親近感が湧く
観客はそこに、どこかで見たような“家庭の風景”を感じる。
だからこそ、“共感”してしまうのだ。
5. まとめ|悪役のふりをして“愛される余白”を持った者たち

ドーラ一家は、明らかに“法”を逸脱した存在でありながら、
観客にとっては“愛される悪役”として記憶される。
なぜなら、彼らは「悪人」の仮面を被っただけの、
“人間臭くて正直な家族”だったからだ。
- 暴力よりも対話を好む
- 利益よりも家族を優先する
- 何より、どこか“楽しそう”に生きている
彼らは“悪者ではいられなかった”のではなく、
最初から“愛される者”として設計されていたのだ。
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