“便利なはずの改変”がもたらした、喪失と崩壊の連鎖
1. 導入|Dメールはなぜ“危険な装置”だったのか?
Dメール(DeLorean Mail)。
それは岡部倫太郎たちが偶然発見した、過去にメールを送ることで世界線を改変できる手段だった。
当初はささいな実験だった。宝くじを当てる。ちょっとした望みを叶える。
だが、Dメールによって書き換えられた世界では、過去の“分岐”が新たな現実を生む。
しかも、改変を“覚えている”のは岡部ただ一人。
これはもはや科学実験ではなく、選択と記憶の物語の始まりだった。
2. Dメールの構造と改変範囲
Dメールは、未来ガジェット8号機=“電話レンジ(仮)”とSERNのシステム干渉により偶発的に誕生した装置だ。
仕組みとしては、「短いメッセージを、数日前の携帯電話へと転送する」という単純なものに見える。
だが重要なのは、その内容が過去の意思決定に影響を与えるという点だ。
つまり、直接人間の“選択”に介入するという点において、これは極めて倫理的にも危険な行為である。
しかも、Dメールの使用により世界線は切り替わる。
ラボメンたちの“今”は、メッセージによって書き換えられ、
「何も変わっていないように見えて、確かに変わってしまっている」という状況が生まれる。
3. 岡部の唯一性:リーディング・シュタイナーとは

この時、唯一その“変化”を認識できるのが岡部倫太郎である。
彼が持つ謎の能力――リーディング・シュタイナー。
これは「世界線の切り替わり時に、改変前の記憶を保持し続けられる」特殊な認識能力である。
この能力によって岡部は、
- ラボメンが記憶していない出来事を「覚えている」
- 変わった人間関係や過去に「違和感を感じる」
という地獄のような状況に置かれる。
言い換えれば、岡部は“改変の痕跡”をすべて背負う観測者になってしまったのだ。
4. 記憶改変がもたらす「喪失感」と「疎外感」
岡部にとって最大の苦しみは、「他人が変わっていないと信じている世界に、自分だけが置き去りにされる」ことだ。
フェイリスは父親を救ったことで、秋葉原の文化そのものを失った。
るかは性別が変わるという“自己の根幹”が改変される。
それにより、岡部の知るラボメンたちは、確実に「変わって」いく。
彼らにはそれが“当然の現実”として進行しており、
岡部だけが「以前の彼ら」を覚えている。
この“ずれ”が岡部の精神を徐々に削っていく。
「これは…俺の知っているフェイリスではない…」
「まゆりの笑顔が、なぜか遠く感じる…」
それは大切なものを少しずつ失っていく感覚だ。
しかも、それを他人に伝える術はない。
まるで、自分の“現実”だけが異なる世界に閉じ込められたかのように。
5. 「誰の願いを叶えるのか?」という責任の重み
Dメールの本質は、“過去の選択に干渉する力”である。
つまり、「誰かの人生の重要な瞬間」に、メッセージで影響を与えるということだ。
これは、思った以上に暴力的で、そして罪深い。
フェイリスの父を救う選択。
るかの性別を変える選択。
まゆりの死を防ぐ選択。
そして、紅莉栖の死を回避する選択。
それぞれのDメールは、誰かの“願い”を叶えるために使われるが、別の誰かの“未来”を奪う可能性を常に孕んでいる。
その責任を負うのは岡部ただ一人であり、彼は次第にそのプレッシャーに耐えきれなくなっていく。
6. 岡部の精神破壊と“観測者の孤独”

Dメールとタイムリープを繰り返す中で、岡部は次第に“観測者の地獄”に堕ちていく。
世界線を変えれば変えるほど、彼の知っていた世界は消えていく。
誰も覚えていない。
誰も共感してくれない。
誰も気づいてくれない。
「これは…狂ってる…」
「まゆりが死ぬ未来しか、もう見えない…」
岡部の口から出るこれらの言葉は、“演技”ではない。
鳳凰院凶真というキャラクターはすでに崩壊しており、
そこにいるのは、疲れ果てた青年――岡部倫太郎そのものだ。
彼は次第に、「自分の記憶そのものが正しいのかどうか」さえ疑うようになっていく。
リーディング・シュタイナーは、“選ばれし能力”などではなく、呪いでしかなかった。
7. 記憶の意味とは? 選ばなかった現実の行方

Dメールによって書き換えられた世界は、もとの世界線とは異なる。
だが、岡部の中には「選ばなかった現実」の記憶が残っている。
その世界で笑っていたラボメン。
その世界で交わした会話。
その世界で守れたはずの命。
それらは、すべて“なかったこと”にされる。
にも関わらず、岡部の記憶には「それがあった証拠」として刻まれ続ける。
これが本当の喪失だ。
「忘れられない記憶」とは、決して戻れない現実への渇望に他ならない。
8. まとめ|Dメールは“便利”ではなく“試される選択”だった
Dメールは、“未来を変える力”を与えてくれる装置ではない。
それは人間の選択と責任を突きつけてくる“試練”の装置だ。
岡部はその装置を使うたびに、“誰かの願い”と“誰かの喪失”を天秤にかけることになる。
- 正しい選択とは何か?
- 誰を救うべきか?
- 記憶を残すべきか? 忘れるべきか?
それらの問いに対する明確な答えは、シュタゲの物語の中にさえ存在しない。
だが、岡部は選び続けた。何度も。何百回も。
そして私たちもまた、この物語を通して問われているのだ。
「もし、Dメールを使えるとしたら――
あなたは、どんな記憶を選びますか?」
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